『マルサの女』ってご存知ですか?
今から30年近く前に大ヒットした映画です。監督は故伊丹十三氏で、国税局査察部(通称"マルサ")と脱税を働く者との戦いが面白おかしく描かれていました。この作品で描かれていた脱税の手口はどれも滑稽かつ奇抜なもので、多くの人は『映画用に脚色されたものだろう』と思いながら見ていたに違いありませんが、実はほぼ実話に基づいた手口だったそうです。
2015年6月5日放送の『ダウンタウンなう』では、本当の国税局査察部に勤めていた人たちが登場し、脱税捜査に関する話をされていました。『マルサの女』で描かれた手口を実際に扱った方もおられたようです。
目次
国税局査察部(マルサ)とは?
『1億円を超える悪質な脱税を暴き、刑事事件として告発する』
これがマルサの任務だと番組では紹介されていました。
フジテレビ『ダウンタウンナウ』より
番組の中では対象として会社経営者や芸能プロダクション社長などが挙げられていましたが、実際のところは、
お金を稼いでいるのに申告所得が少ない人
ということのようです。国税局にはさまざまな情報が集まってきており、それらの情報を総合的に判断して、『ちょっと申告額が少なすぎるのでは?』という人がターゲットになるわけです。
脱税捜査の最初の一歩
マルサが捜査対象とするのは、1億円以上の悪質な脱税が疑われる事案です。国税局に集まってくる様々な情報を基に目星を付けていったり、あと意外に多いのがタレこみだそうです。
情報の発端はタレコミの場合が多いらしいです。特に特殊関係人からのもの。
「K社社長自宅の子供部屋の箪笥、そこの一番下の引き出しの奥に面白いもが入っています」とか、めちゃくちゃリアルな情報提供もあったりするらしいです。
引用文の中にある"特殊関係人"というのは愛人のことです。奥さんでも知らないようなことを、愛人に自慢げに話してしまう人、結構たくさんいそうです。関係が良いうちはいいですが、関係が崩れてしまうと一気にリスクが増大します。税務署にタレこみがあるのはそういう時なのでしょう。
ただし、なんでもかんでも税務署や国税局が動くわけではありません。妬みや恨みが背景にあって、ただの嫌がらせをしたくてタレこみをしてくる人も多いからです。
ではどのあたりが判断の勘所かというと、番組によれば、
『脱税捜査につながる三種の神器』
なるものがあるそうです。
新聞やテレビも情報源として活用している
また、国税局には一日中雑誌や新聞を見る部署があり、情報を蓄積しているそうです。たとえばテレビなどのメディアによく出るようになったタレントさんや繁盛店というのは、そういった部署でまずフィルターにかかることになります。国税局はこれらの人や店をチェックし、脱税捜査のターゲットになるかどうかの見極めを慎重に行った上で着手するようです。
脱税捜査の期間
『脱税捜査は短ければ数か月、長ければ数年に及ぶこともある』
『脱税をしている!』と疑うに足る理由があって着手していますから、実際に動き始めると内偵から告発まで充分な時間をかけて捜査するそうです。
マルサは大きくわけて二つのチームで動きます。内偵班と実施班です。内偵班がじっくり時間をかけて下調べを行い、脱税が間違いないと確信できた案件を実施班が引き継いで強制捜査に入ります。
国税査察部が強制捜査を始める際には、事前に対象者の調査をしています。
強制捜査は、同じ時刻に一斉に入らなければならないので、自宅や事務所、家族や愛人宅を把握しなければならないからです。私の事件では、2011年11月15日に実行されたので、10月下旬から11月上旬に調査されていたはずです。
※強制捜査4ヶ月前の私
内偵段階では尾行したり証拠集めをしたりしていますが、強制捜査に入る段階では証拠隠滅をされないよう、大人数で一気に動きます。脱税容疑がかかっている本人はもちろん、会社の従業員、取引先、家族や知人に至るまで、必要とあらば同じタイミングで強制捜査をします。
マルサにもノルマがある
妙な感じにも思えますが、マルサにはノルマがあるそうです。
1年間で180件の着手・告発が目標(全国)
どういう根拠で1年で180件なのかは不明ですが、1億円以上の悪質な脱税を告発するのがマルサの役目ですから180件というのは結構多いノルマではないでしょうか?
短ければ数か月ですが長い場合には数年かかる場合もあるそうですし、その一件一件が巧妙な所得隠しを暴いていくための証拠集めです。相当な根気と能力がないとこなせる数ではないように思えます。
しかし、このノルマはほぼ毎年達成しているそうです。国税庁のホームページにも査察件数が掲載されています。
平成25年度以前に着手した査察事案について、平成25年度中に処理(検察庁への告発の可否を最終的に判断)した件数は185件、そのうち検察庁に告発した件数は118件であり、告発率は63.8%となりました。
平成25年度に処理した査察事案に係る脱税額は総額で145億円、そのうち告発分は117億円となりました。
告発した事案1件当たりの脱税額は9,900万円でした。
告発した事案のうち、脱税額が3億円以上のものは4件、うち5億円以上のものは2件でした。
マルサになるのは選ばれた人
マルサというと国税局の中でも選ばれた人です。有名大学出身者が占めていると思いがちですが、実際にはそうでもありません。番組に出演していた元マルサの人たちの中でも、半分近くは高卒者でした。
実は、国税局は採用段階で大卒と高卒が半々くらいいるそうです。
高卒採用は採用後一年間は税務大学校に入ってみっちり勉強しますし、大卒採用であっても研修期間を相当積んで勉強することになります。
そうして現場に配属され、実際の税務調査をこなしていくうちに調査能力に優れた者に声がかかり、査察部(マルサ)配属となるそうです。つまり、
完全に能力主義で選ばれた人たち
ということです。
脱税の告発件数が多い職種ベスト3
第2位 不動産業
第3位 建設業、情報提供サービス(IT)、保険業
1位のクラブ・バーといった水商売は、客数が不特定多数で把握しづらい、現金払いが多いため金銭のやり取りの記録を残さなくてもやっていけるといった特徴があるため、外側からは店の売上が把握しづらい仕組みになっています。また従業員であるホステスへの給与をごまかしたり架空人件費を計上したりといった小細工もしやすいため脱税を誘発しやすいようです。
もっとも、マルサにかかれば、数日間かけて張り込んで売り上げをはじき出すそうですから、一旦ターゲットにされると言い逃れはできないそうです。要するに、脱税しやすいけど発見もされやすいということだと思われます。
2位の不動産業は一件あたりの取引額が大きく、『ちょっとくらいならわからないのでは・・・?』という心理が働きやすいそうです。確かに何億円という取引額のうちの数万、数十万だと大した金額には感じないものかもしれません。
また、3位に入っている建設業も含め、不動産、建設業界は下請け企業が多い業界であるため、下請け企業に言って架空経費を計上させるといった手口を取りやすいことも脱税を多くしている要因とのことでした。
脱税したお金の隠し場所ランキング
第2位 社長室の金庫
第3位 寝室のクローゼット
第3位の寝室のクローゼットは『常に身近に置いておきたい』という心理から、第2位の社長室金庫は『限られた人しか出入りできない場所』という安心感から、第1位の貸金庫も『自分以外は誰も開けられない場所』という安心感から多くの人が裏金を隠しているそうです。
また、上記意外にも、隠し場所はバラエティに富んでいます。
その他の隠し場所
タンスの隠し引き出し
スペアタイヤ
風呂場の天井裏
蛍光灯
ポットの中
土鍋の中
書籍などのハードカバーの中
漫画や雑誌をくりぬいて
庭の土の中(木の下に金塊)
コンクリートの中
フジテレビ『ダウンタウンナウ』より
最後の庭木の下やコンクリートの中ともなると、さすがにどうやって発見するんだろうと思いますが、この場合は長い取り調べに相手が根負けして『すみません、〇〇に隠しました。』と白状してわかった事例なのだそうです。
他にもネットで探すと隠し場所はいろいろ出てきます。
地中2メートル下のスーツケースの中
ロッカーの中(金塊)
畑の中に隠されたケース(現金)
縁側の下の隠し金庫
壁の中
jijicomより
脱税の時効
脱税の時効は7年です。
番組では、100億円の脱税を告発した事例も紹介されていました。この事例では、100億円を貯めるのに20年以上かかっているそうで、時効の関係から、7年以上前の脱税分は本人に返却となるそうです。
何だか理不尽な話ですが、そもそも100億円を使わず貯め込んでいるということは、"脱税したお金は使えない"ということの裏返しでもあるということでした。せっかく手元にお金を大量に持っていても、それを眺めるだけしかできないというのもむなしい話です。
この脱税犯は時効分として大量のお金を返してもらったのでしょうが、20年以上の長期にわたって人目を忍んで貯め込んできたわけで、その末に告発されてあれこれ刑事罰を受けたとなると引き合うかどうかは微妙なところです。正直に申告して正々堂々とやっていた方が精神衛生上も良いことは言うまでもありません。
強制捜査の実例
番組では元ヒルズ族社長磯貝清明氏が強制捜査に入られた時の話が紹介されていました。ちなみに磯貝清明氏が資産を築いたのはFX取引で、最高で10億円までいったそうです。
強制捜査が行われたのは2009年4月1日、総勢250人以上の職員が動き、本人が住むマンションはもちろん、実家や会社、銀行など20か所以上に一気に捜査が入ったそうです。
強制捜査を悟った磯貝氏は一旦は部屋の裏口から逃げたそうですが、税理士に電話連絡したところ、逃げてしまうと反目していると取られ良いことにはならないと諭され、部屋に戻り、捜査に立ち会ったそうです。
脱税捜査の流れ
- 事前調査は9か月
- 4人一組で身辺調査
- ホームレスに扮したり、風俗店に客を装い侵入するなどして尾行
- 当時全く気付かなかった
内偵後に実施班へバトンタッチ
- 礼状の効力は1日なので朝いちばんで押しかける
- 証拠隠滅を防ぐために実家、会社、取引銀行、友人宅など20か所以上
- 250人以上の職員が動く
- 本人がいなくても管理人立会いのもと、部屋に入って捜査開始
- 壁を叩いて空洞を調べる
- 車のスペアタイヤスペースを調べる
- クーラー周辺を調べる
- 押収した証拠品を一つ一つ照らし合せる
- 取り調べは半年に及んだ
磯貝氏は結局、1億6000万円の脱税で告発され、有罪判決を受けました。
判決
懲役1年6月、執行猶予3年
罰金 3500万円
国税からの請求
所得税未納分 1億6000万円
重加算税 6000万円
所得税の延滞料 年14.6%
ちなみに、延滞料の利率14.6%というのは、1日あたり5万円ずつ利息が増えていく計算になるのだそうです。元が1億6000万ですからシャレにならない金額です。
その他、出演タレントとのやりとり
『内偵していて額が見込みより少ないと判断した場合はあきらめるのか?』
元マルサの回答
『額が少なくても脱税があればケジメはつける。』
ただ、ターゲットにしうるかどうかを見極めるような段階であれば、やはり圧倒的に空振りの方が多いそうです。また、怪しいと思ったが黒ではなかったという情報も蓄積されているそうで、一度怪しまれたけどシロだった場合はその後ターゲットになる可能性が低くなるようなニュアンスでした。
『自分たちは大手のテレビ局相手に仕事をしているから脱税しようがないのでは?』
元マルサの回答
『どこと取引しようが架空経費を計上して脱税する人はいる』
要するに、本人がその気になれば、脱税はいくらでもやりようがあるということです。偽の領収書を作って本当は発生してない経費を懐に入れるといった類いのことであれば、やろうと思えばいくらでもやれます。ただ、そんなことやってるとそのうちバレますよということです。
『銀行には守秘義務があるはずだが個人情報を全部教えてくれるのか?』
元マルサの回答
『我々がターゲットにして任意で調べる』
確かに銀行には個人情報保護法に基づく守秘義務があります。しかし、この守秘義務はいついかなる時でも課されるわけではなく、法令に基づく問合せに回答する場合は義務は免除されます。
税務署が銀行に対して脱税容疑で問合せをすることは国税徴収法第141条の「質問及び検査」という項目で認められている行為ですから、銀行がこれへの回答として個人情報を税務署職員に教えたとしても個人情報保護義務違反に問われることはありません。
では、銀行はすべて税務署の質問に応えなければならないかというと、そこまでの強制力があるわけではなく、あくまでも任意での回答ということになるようです。任意ではあるけども回答を引き出すようにマルサの人は動く、ということですね。
というわけで・・・
儲けている人にとって、税金は本当に腹立たしいものに見えるようですが、かといって脱税をしてしまうと目を付けられたときに痛い目にあいます。しっかりと国民の義務を果たしていくしかありません。